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27th.April -3rd.May 2002
埼玉→九州→紀伊半島→焼津の旅3200キロ



九州に行きたいと思った。

できればバイクに乗って。そう、30年前の19歳の頃のように。

ひたすら南を目指して、なつかしい友達に会いに行こう。そして、何時までも若くはいられない自分への記念に。

なあああんて、なんとなく思っただけなんだよー。

でも、そんなことをふと口に出してしまったら最後、どんどん現実に向かってことは進んでいった。

福岡県をふるさとに持つ、屠龍さんと一緒の旅と相成った。

背中を押され、道を案内され、鮭はひたすら南への道を進み始めたのだった。


ちょっと無謀な、埼玉→福岡直行ツーリングの始まり、始まり。


2002年の4月26日金曜日だった。

仕事を終えてから、東名高速にのり、そのまま翌27日のうちに

福岡県は朝倉郡にある屠龍さんの実家まで一気に走ろうという

計画であった。

もちろん、寝られないのだから眠い。

そんな、ツアーはちょっとやりたくないと思った。

だが、同行の屠龍さんは、これを毎年のようにやっているという。

だから、なんでもないから大丈夫と言う。

帰りの電車のなかで30分くらい寝てしまえば大丈夫、と彼は言う。

そうか、大丈夫なんだ・・・・と自分に言い聞かせる。

大丈夫なわけなんか、ないじゃないの。ほんとうに・・・・
仕事を終えて、早めに帰って来てびっくりした。

先週末に出しておいた、エンジンオイルなどの廃油がマンションの

玄関先に撒き散らされて、エントランスは泥がまかれてザリザリ。

原因は清掃が受け取りを拒んだという。話がちがうではないか!

しかし、放置はできない。1時間以上かけて、油泥掃除とモップがけ

をする羽目になった。

すっかり体力使い果たして、夜の11時のことだった。

さあ、出かけようとすると、モトグッチ850GTさまの鍵がないのだ。

そんなことがあるかと、家族総出でさがすが見つからない。

諦めかけて、買ったばかりのMAGNI アルチューロを引っ張り出す。

そのとき、すでに夜中の二時を過ぎていた。

けっきょく、バッテリーをMAGNIに乗せかえて、850GTをしまおうと

した時、後部のフレームの間から鍵が見つかった。

さあ、どうする?

さすが、整備も出来てないMAGNIで出かける勇気はなかった。

また、バッテリーを載せかえる。

荷物も作り変えて、おおきな荷物を縛りつける。

そのとき、真夜中の3時になる。

待ち合わせの屠龍さんには、先に出かけてくれるように頼む。

かれは、近江の多賀サービスエリアで寝て待つという。

すまない気持ちで出発となる。

不安げに見送る家族を残して出発することとなる。

寝ていけば?といわれると、寝ようかという気分になる。

すでに疲れ果て、おまけになんだか微熱もある。

さいあくじゃあ!

えいやあ、と気合をいれて、東名に乗る。すでに朝の4時すぎ。

富士川SAで一眠り。

遅れついでと朝食をとる。眠い、辛い、寒い。最悪のスタートだ。
すっかり、気分が暗くなったが、こんな馬鹿もいるのかと

うれしくなった。

ハーレーのラットバイクのにいちゃんと二言三言話をかわしている

うちに、だんだん元気が湧いてきた。

「これから九州までいくんだ」

それは、自分を奮い立たせるには丁度良い、暗示にも似ていた。
約束から遅れること、4時間あまり。

眠さと、寒気に責められながら、なんとか27日の10時に多賀のサー

ビスエリアで屠龍さんに追いつく。

「鮭さんが遅れたおかげで、よく眠れましたよ。」

「いやあ、遅れて申し訳ないですう」

「いやいや、ぐっすり眠れましたから。じゃそろそろ出かけましょう」

てな、会話があって即座に出発となりました。

無理も無い、単純に計算しても27日中に福岡に着くのはぎりぎりの

スケジュールだったからだ。

陽のあるうちに、福岡に着くという計画は、さっさと放棄しなくては

ならなかった。

しかし、休日初日。太陽が輝きだすと、わけもなくうれしい。

これぞ、ツーリングなんだっち。
まだ、笑っているのです。はい。
850GT(1972年)と新生トライアンフ 900cc(2001年) 屠龍さんは、昨年これを購入。門司、東京往復ツーリングで
慣らしを一気に完了してしまったとか。うーむ、・・・・
走る、走る、走る。
永遠に続くかと思うような高速道路を走る。

時々、気が失せるかのように車体は中央線よりを走る。

屠龍さんが、後ろを走る。

ふらふらと走る。見かねて屠龍さんがクラクションを鳴らす。

次のSAで休憩をとり、また走る。

走る、走る、前にいくしかないから、とにかく走る。

兵庫県から岡山県に入る。

道は名神よりも新しいだけ会って、綺麗で幅もひろい。

景色は美しい。しかし、山の中は退屈だ。

広島まで220キロなどと、看板がでてくる。

元気どころか絶望に似た気持ちをあじわう。まだ、そんなにあるのか。

景色に変化のある山陽道をくるのだった。山は美しいだけ睡魔もしつこか

った。


この疲れた顔を見よ。それでも笑っているのだ。

ようやく見覚えのある景色についた。広島県宮島である。

7年前まで転勤で住んでいた広島市が下に広がっていた。

来た、とにかく来た。あと400キロ足らずかなと、ふと思う。げー!

あなごのなんとかを食べている。疲れているから、なにかを
食べようとおもった。
屠龍さんは実家での食事が
頭にあるのか、ほとんど食べたりしないのだ。
本当に一気ツーリングなれしている。
複坐戦闘機の名前を名乗るだけのことはある。





翌日に続く

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